まぜこぜブーン

ブーン系まとめ

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 ζ(゚、゚*ζ 緩やかなる逃亡生活のようです ( ^ν^)


195名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:32:43 ID:.EeDJaAkO

( ^ν^)「逃げてるんだ」

 その人は、感情の窺えない顔で言った。
 背を丸めて、テーブルの上で組んだ手を無意味に揺らしている。

ζ(゚、゚*ζ「逃げるって、何からですか?」

( ^ν^)「女から」

 答えはたったの5文字だった。
 それを聞いて、私の肩から力が抜ける。

 色恋沙汰か。

 彼は──はっきり言ってしまうと、格好いいわけではない。
 目付きだって良くないし、表情も乏しい。
 だから、少し意外に思ってしまった。失礼な話だけれど。

ζ(゚、゚*ζ「元カノとか……」

( ^ν^)「いや」

 彼は、窓へ目をやった。
 気だるそうに口を開く。


( ^ν^)「そもそも、あれ、人間じゃねえだろうし」




196名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:33:08 ID:.EeDJaAkO



     ζ(゚、゚*ζ 緩やかなる逃亡生活のようです ( ^ν^)



.


197名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:34:32 ID:.EeDJaAkO

 ──彼がこのアパートに越してきたのは半年前。年が明けて間もない頃。
 部屋は私の隣だった。

 ここは私の父が管理するアパートなのだが、
 当の父はといえば、向かいの一軒家の方に暮らしていた。
 そんな父から、「新しく越してくる男に変な様子があればすぐに知らせろ」との命が下ったのも同じ頃。

 何でも、かの男性は、短期間の内に何度も転居を繰り返してきたらしい。
 それに加え、契約時の無愛想すぎる態度から、父は「こいつは怪しい」と疑心を抱いたようだった。

 だからといって、監視するような真似は失礼だと思うのだけれど──
 先日、心ない住人のせいでトラブルが起きたばかりなので、父が警戒する気持ちも分かる。

 そういうわけで、私は彼の様子を気にかけるようになったのであった。



   ζ(゚ー゚*ζ『おはようございます』

   ( ^ν^)『……っす』

 そうして分かったのは、彼が至って普通の人であること。

 たしかに無愛想ではあるものの、挨拶をすれば返してくれるし、
 ごみ捨て等のルールは守るし、騒音の類もない。

 外出する姿はあまり見なかったが、自宅で出来る仕事をしていることは
 父から聞かされていたので、特に気にならない。


 いつの間にやら、玄関先などで会った際にいくらか雑談する程度には仲良くなっていた。

.


198名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:35:56 ID:.EeDJaAkO


 異変は今月、7月に訪れた。


ζ(-、゚*ζ「……?」

 真夜中。
 隣室から響いた音で目を覚ました。

 がしゃんと何かを引っくり返す音。
 二度三度続いて、止んだ。

 その後、ばたばたと歩き回る足音が鳴る。
 少しして、ドアの開閉を最後に静かになった。

 枕元の時計を見ると、午前2時。
 何か事件でもあったのかと気にはなったが、あれくらいの物音で警察を呼んでいいものか。
 物を引っくり返すくらいなら私だってやらかすし。事件性は薄い。

 悩みつつ、再び眠った。



 その次の日──今日。
 会社も休みなので、昼頃にスーパーで食材を買い込み、さあだらだらするぞと帰路についた。

 アパートの前に来たところで、夏の暑さと荷物の重さに落ちた汗が目にしみた。
 痛む目を擦り、瞼にぎゅっと力を込める。
 瞼を持ち上げると、私の部屋の隣──彼の部屋の前に、蹲る人がいた。


199名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:36:39 ID:.EeDJaAkO

ζ(゚、゚;ζ「あっ……丹生さんですか? 大丈夫ですか!?」

 駆け寄ってみると、やはりお隣の彼だった。
 真っ青な顔を擡げ、胡乱げな瞳で私を見上げる。
 彼もまた汗をかいていて、頬を滑った雫が顎へと伝い、ぽたりと落ちた。

 私はポケットからハンドタオルを出し、その顔を拭う。

ζ(゚、゚;ζ「具合悪いんですか? 救急車呼びましょうか」

(;^ν^)「……いい」

ζ(゚、゚;ζ「でも──顔色悪いですよ」

(;^ν^)「体調の問題じゃない」

 ドアと彼を見比べ、「お部屋に連れていった方がいいですか」と問うと、
 彼は無言のまま首を横に振った。
 それから、放っといてくれ、と一言。

 そんなこと言われても。
 はいそうですか、なんて。さすがに。

 そのとき、ふと昨夜の物音を思い出した。
 あれと何か関係があるのだろうか?


ζ(゚、゚*ζ「……私の部屋で休んでいきます? 麦茶がよく冷えた頃合いですし」



*****


200名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:37:14 ID:.EeDJaAkO

 どうして彼を部屋に上げたのか、本当のところは自分でも曖昧だった。

 彼が変な──私や父に不利益を齎すような──ことに関わっていないか確かめたかったのかもしれないし、
 単純な善意だったのかもしれないし、
 好奇心があったのかもしれない。

 とにかくただ彼の話を聞きたかったし、彼に冷たい麦茶を飲ませたかった。


ζ(゚、゚*ζ「ごめんなさいね、エアコン壊れてて……扇風機しかないですけど」

 窓を開けて扇風機の首振り機能をオンにする。
 外からの風向きがいいようで、扇風機だけでも充分に涼しい。

 彼は汗の名残が浮かぶ首元に私のハンドタオルを押し付け、
 はっとしたように離した。

ζ(゚ー゚*ζ「いいですよ、どうぞ使ってください」

( ^ν^)「……洗って返す」

ζ(゚ー゚*ζ「お気になさらず」

 氷と麦茶の入ったグラスを2人分、ローテーブルに置く。
 それと、帰りに寄った和菓子屋の箱を開けた。
 ひやりと保冷剤の冷たさが手に触れる。


201名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:37:56 ID:.EeDJaAkO

ζ(゚ー゚*ζ「運がいいですねえ、美味しい水まんじゅうを買ってきたばかりなんですよ。
      ここのお菓子美味しいから、いつも一度に3人分くらい買っちゃって……。
      あ、この水まんじゅうは抹茶餡が特におすすめでして、食べるときはちゅるっと一口で──」

 口を噤む。
 じっとテーブルを見つめて黙り込む彼と水まんじゅうについて語る私との間に、
 何というか──温度差と言えばいいだろうか、そういったものを感じて決まりが悪かった。

 水まんじゅうを皿に乗せ、小さめの匙と共に彼へと差し出す。
 ぷるぷる震える、透明のまんじゅう。
 彼は器を受け取りながら、会釈するように頭を揺らした。

 私達の顔からはもう、汗は引いていた。
 外から聞こえる町の音と、扇風機のささやかな音が室内を満たす。

 汗をかいたグラスの中で、からんと氷が鳴った。

ζ(゚、゚*ζ「……夜中に」

( ^ν^)

ζ(゚、゚*ζ「ばたばたしてましたですけど、何かありました?」


203名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:40:31 ID:.EeDJaAkO

( ^ν^)「うるさかったか」

ζ(゚、゚*ζ「いえ。ただ、どうしたんだろうって気になって」

( ^ν^)「……」

 返答なし。
 ただ、話題自体を拒絶しているような雰囲気は感じられなかった。
 彼だって、口を開いては閉じて──説明するか否か、迷っているようで。

 私は匙で水まんじゅうを掬った。
 つるりと口に収める。
 なめらかな生地とこしあんが、舌の上で溶けた。

ζ(゚、゚*ζ「……父から聞いて気になってたんですけど……。
      丹生さんって、どうしてたくさん引っ越してるんですか?」

 訊いてから、いきなりすぎると自戒した。

 ほんのり良い気分になって、ついつい口まで滑らかになってしまった。
 麦茶を飲み込む。

 すみません──と謝ろうとしたところで、彼が口を開いた。


 そして冒頭へ戻り──


 彼の昔話が始まった。



*****


204名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:41:14 ID:.EeDJaAkO


 今から15年以上は前のこと。

 当時小学生だった彼は親の不仲に嫌気が差していて、
 毎日、夜遅くまで家に帰ろうとしなかったらしい。


ζ(゚、゚*ζ「……子供が夜までどこにいたんです?」

( ^ν^)「近所のマンションに、1人で暮らしてる女の人がいて……
       その人に遊んでもらって、よく夕飯もご馳走になってた」


 その女性は綺麗で優しかったが、どこか儚げな、幸の薄そうな印象があったという。

 仕事をしている様子はなく、家族もいない。
 その割に家具などは立派だったそうだ。
 部屋の片隅には、彼女と一回りは年が離れていそうな男性との写真が飾られていた。

 女性は毎日彼の面倒を見てくれるわけではなく、
 月に何度かは、彼を家に上げない日もあった。

 そういった日には、件の写真の男性がマンションを訪れるところを度々見かけた。
 男性の左手の薬指には指輪があった。
 彼女には無いものだった。


( ^ν^)「……不倫だったんだと思う。
       裕福なおっさんに囲われてたんじゃねえかな」

 詳しく訊いてないけど、と彼が付け足す。
 当時も、子供ながらに触れてはいけないと感じていたらしかった。


205名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:42:20 ID:.EeDJaAkO


 彼が彼女の家へ通っていたのは2年ほど。

   川д川『そろそろ、おうちに帰る?』

   ( ^ν^)『……もうちょっと』

 そんなやり取りが、彼女と彼の決まり文句のようなものだった。

 迷惑がるでもなく、彼女は彼の頭を撫でて、しばらくすると「帰る?」「もうちょっと」の会話を繰り返した。
 大抵、夜の10時頃まで続く。
 彼は実家にいるより心地よかったし、彼女も彼女で物寂しかったのだろう。


   川д川『ニュッ君は、おうち嫌い?』

   ( ^ν^)『……うん』

   川д川『そっか……』


 こういった問答も、何度かあった。
 その直後の彼女はいつも寂しげだったと、彼は言う。


206名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:43:31 ID:.EeDJaAkO

( ^ν^)「……で、ある日、あの人の様子がどこかおかしかった」


 「部屋に上げてもらえない日」の翌日だった。

 彼女の目は赤く腫れていて、彼は、よほどたくさん泣いたのだろうと驚いたらしい。
 彼女が泣いたり怒ったりするところは見たことがなかったから。
 それには触れず、彼女の家の風呂に入れてもらい、夕飯を一緒に食べた。

 そして2人でテレビを眺めていた折。
 不意に、家が嫌いかと彼女が問いかけた。彼が頷く。
 いつもはそこで終わるのに、その日は違った。

   川д川『私も、ニュッ君と同じだなあ……』

   ( ^ν^)『?』

   川д川『もう、この家、嫌になっちゃった……』

 問い返す間もなく、彼女に抱き締められていた。

   川д川『ニュッ君、一緒に遠いところに行こうよ……。
       2人で暮らそう?
       ニュッ君の嫌いなおうちに帰らなくてもいいんだよ』

   川д川『私が連れていってあげるから、一緒に行こう……?』

 腕の力が強くなり、息苦しさを覚えた。
 何故だか背筋が冷える。ひたすら首を振った。
 彼が思わず呻くと、彼女の腕が緩んだ。

 その隙に抜け出し、ランドセルを抱えた彼は「さよなら」とだけ言って部屋を飛び出した。
 名前を呼ばれても振り向かなかった。


207名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:44:46 ID:.EeDJaAkO

 その翌日。
 学校が終わって、彼は真っ直ぐマンションへ向かった。
 彼女の部屋のチャイムを鳴らしても、誰も出てこない。


( ^ν^)「それから1週間か2週間経って……
       マンションに行ったら、警官がいた」


 遠巻きにマンションを見ながら、数人の主婦が会話を交わしていた。
 あの女性の死体が発見されたのだと。
 どうやら自殺らしい、とも。

 彼は家に帰り、自室に籠って彼女のことを考えた。


( ^ν^)「……あのとき言われた『一緒に遠くに行こう』ってのが、ずっと頭の中を回ってた。
       一緒に死のうって意味だったのか、言葉通り、遠い土地で2人で暮らしたかったのか。
       ──もし後者だったなら、俺が拒絶したせいで、あの人にトドメ刺しちまったのか……とか」

ζ(゚、゚*ζ「……丹生さんが悪いわけじゃないと思いますよ」

( ^ν^)「どうだろうな」


 子供だった彼には、あまりに重すぎた。
 彼女の死が悲しいのか罪悪感が湧いたのか、あるいは諸々への逃避か。わけも分からず涙が出た。
 ベッドの上で泣いて泣いて、泣き疲れて眠って──

 真夜中に目が覚めた。
 ベッドの傍に彼女がいた。


ζ(゚、゚;ζ「……いた?」

( ^ν^)「顔が半分なかったけど。あの人だった。
       どんな死に方したんだろうな」


 にゅっくん。むかえにきたよ。こんなおうちからでていこう。

 「それ」は、不明瞭な声で言った。

 浮かんだ感情は、恐怖以外の何物でもなく。

 彼が悲鳴をあげる。
 それは一瞬たじろぐような素振りを見せて、消えた。
 悲鳴を聞いて駆けつけた両親に縋り、彼は眠らぬまま朝を迎えた。


208名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:46:45 ID:.EeDJaAkO


 その日から時折、夜になると彼女が現れるようになった。
 親と一緒に寝ているときは出てこないので、情けないとは思いつつ、
 しばらくは母親と同じ部屋で眠っていた。

 しかし彼が高校に上がる頃に両親が離婚し──
 母の方に親権が渡ってからは、そうもいかなくなってしまった。
 母親が夜も働きに出てしまうからだ。

 友人の家にばかり泊まるわけにもいかない。自宅は恐ろしい。
 深夜の外出が増える。人気のないところにも恐怖心が湧き、人の多いところを徘徊するようになれば、
 補導の対象となる。同じことを繰り返し、親や学校にも連絡が行き、それでもまた夜中に家を出て──

 結果、母親との仲も悪くなった。
 彼は大学には進学せず、今の仕事に就いて家を出た。

 初めは、新しい住まいに彼女は現れなかった。
 逃げることが出来たのだろうと思った。が。


( ^ν^)「しばらくすると、また出てくるんだ。
       引っ越す度に現れる。どうやって見付けるんだか……」

ζ(゚、゚;ζ「どうしてそんなに」

( ^ν^)「……『おうち』から連れ出したいんだろ。
       俺が住んでるとこなら、どこだろうと『おうち』だ」


210名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:48:36 ID:.EeDJaAkO

ζ(゚、゚;ζ「それは、何というか、……、すごい話ですね……。
      ……でも誰かと一緒に寝てるときは出ないんでしょう?
      その、恋人とか作って同棲したらどうです? 言われて簡単に出来るもんでもありませんけど」

( ^ν^)「……1人だけ付き合ったことがある。
       でも恋人相手だと駄目だ。昼夜問わず、そっちの方に出る」

ζ(゚、゚;ζ「嫉妬?」

( ^ν^)「分かんねえ。
       あの人の生前のこと考えてみると、何か思うところがあるんじゃないか」

 そうして引っ越しを続けて。
 ついに半年前、このアパートにやって来たのだ。

 にわかには信じがたい話である。
 しかし嘘だなんて断定も出来ない。

 私が視線を麦茶に逸らすと、彼は、ぽつりと呟いた。

( ^ν^)「……昨日の夜、また出た」

ζ(゚、゚;ζ「えっ……」

( ^ν^)「驚いて飛び出して、ファミレスで時間潰して──
       さっき帰ってきたけど」

 怖くて部屋に入れなかった。
 そう言って、彼は、麦茶を口に含んだ。
 手が微かに震えているように見えたが──気のせいだったかもしれない。


 窓から吹き込む風が冷たさを増すまで、私も彼も、黙りこくっていた。



*****


211名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:49:32 ID:.EeDJaAkO


 彼が私の部屋を後にしてからも、隣室に戻った様子はなかった。
 少なくとも今日は帰ってこないだろう。ホテルかどこかで夜を明かすのかもしれない。

 私はといえば、未だに彼の話を信じきることも疑いきることも出来ず、
 妙に不安定な思考のまま夜を迎えた。

 網戸越しに流れ込む夜風が体を撫でる。
 寝るに寝られない。
 ごろごろ、ベッドの上を転がる。

ζ(゚、゚*ζ(罪悪感によって生まれた幻とか。白昼夢とか。
      ……それじゃ、恋人の方にまで出てきたってのが説明つかないか)

 ならば作り話?
 けれど嘘をついているとは思えなかった。

 頭の中がこんがらかる。
 むくりと起き上がり、ガラス戸を隔てた向こう、リビングへ入った。
 扇風機とテレビのスイッチを入れる。

 ホットミルクを入れて、テーブルの前へ。
 コント番組を見ながらちびちびホットミルクを飲む。
 風が少し肌寒いくらいだったので、扇風機を「中」から「弱」へ切り換えた。

 ふと、昼に使ったハンドタオルが見当たらないことに気付いた。
 彼が持っていってしまったのだろう。
 まあいいか、とテーブルに肘をつく。


212名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:50:20 ID:.EeDJaAkO

 テレビからは芸人や観客の声がするのに、何故だか静かに思えた。
 夏の夜の空気がそうさせたのだろうか。

ζ(゚ー゚*ζ「……ふふ」

 コントの内容に思わず笑いが漏れる。


 そのとき、物音が耳に響いた。


 ずりずり。ざりざり。
 テレビでも扇風機でもない。

 ずりずり。どこか遠い。
 辺りを見渡し──全身が固まった。

 開けっ放しのガラス戸。
 その先の寝室に、人がいた。

 人といっても、すぐにはそれが人であることさえ認識出来なかった。
 鼻から上がなかったのだ。


213名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:52:20 ID:.EeDJaAkO

 ずりずり。
 その人は手を壁に擦りつけ、よたよたと寝室を回っていた。
 頭の断面からはみ出た繊維状の何かが揺れる。

 逃げなければ。
 本能がそう告げているのに、体が動かない。

 私の視界から外れた位置に、それが移動した。
 音は止まない。
 ゆっくりゆっくり、進んでいく。

 そして、入口の前へ来た。
 それは急に壁がなくなったことを確かめるように、両手を胸の前で動かした。

 一歩進んだ。
 寝室からリビングへ入り込む。

 瞬間、電気もテレビも消えた。
 真っ暗になった途端、体が動いた。

 ずりずり、ざりざり、音は依然として響いている。
 近付いているようだった。

 テーブルに手をつき、力の入らない足で無理矢理立ち上がる。
 音が近い。真横から聞こえる。

 転びそうになりながらも駆け出し──かけたとき。


 背中に手のひらが当てられる感触。


〈……にゅっくん、どこぉ……?〉



 悲鳴もあげられない。
 私は色々な物にぶつかりながらも玄関まで走り、部屋を飛び出した。



*****


214名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:54:21 ID:.EeDJaAkO



 翌朝。
 アパートに戻ってみると、何も変わった様子はなかった。
 電気もテレビも扇風機も、スイッチが入ったまま。


 「あれ」は二度と現れなかった。

 また、その日以降、彼も見かけなくなった。



 一週間ほど経った日。
 仕事から帰ってくると、隣は既に空き部屋になっていた。

 父が言うには、新たな転居先を見付けた彼が、昼の内に引っ越していったらしい。

 私の部屋の郵便受けに小さな紙袋が入っていた。
 中には一枚の便箋と、洗剤の香りがするハンドタオル。
 便箋はハンドタオルに関する礼が書かれているだけ。

ζ(゚、゚*ζ「……」

 丁寧に便箋とタオルを袋に戻し、タンスにしまった。

.


215名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:56:24 ID:.EeDJaAkO


 夏になる度、このことを思い出す。
 たった半年間だけのお隣さん。


 彼は今も、転々と住まいを変えているのだろうか。
 一処に落ち着くことも出来ず、彼女に見付かる度に新居を探しているのだろうか。

 終わりの見えないかくれんぼ。


 けれども多分、きっと。
 いつかは捕まってしまうのだ。
 永遠に逃げ続けるなんて、不可能に決まっている。


 その日が来るまで彼は、必死に逃げて、追いつかれて、また逃げていく。


 それはまるで。


216名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:57:05 ID:.EeDJaAkO



 緩やかに袋小路へ向かう、逃亡生活。








217名も無きAAのようです :2013/04/13(土) 23:59:02 ID:.EeDJaAkO
以上です
お題は、

前々(多分)スレ>>929
必死の逃走

本当は漫画っぽく描いてみたかったけど、これだけ描いて断念した

03_imc_a2a74c7fc84fdee4a665567f10f4301a28c72af5.jpg



そして、それとは別にもう一つ消化。
前々スレ>>930
13日の金曜日

04_imc_f661fbec17cbe094926efc75da3f75c54949aa80.jpg

キ、キ、キ、キ……マ、マ、マ、マ……


お題ありがとうございました
文章書くつもりでお題もらったのに結局絵描いてすみませんでした



('、`*川ブーン系小説イラスト&総合案内所のようです
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/13029/1365501279/

[ 2013/04/14 21:43 ] 総合短編 | CM(0)


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